生活の中の絵本哲学をはじめよう!No2 「時間」とは「生きること」そのものです。

 

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時間をはかるにはカレンダーや時計がありますが、はかってみたところであまり意味はありません。というのは、だれでも知っているとおり、その時間にどんなことがあったかによって、わずか一時間でも永遠の長さに感じられることもあれば、ほんの一瞬と思えることもあるからです。
 なぜなら時間とは、生きるということ、そのものだからです。そして人のいのちは心を住みかとしているからです。

 

 

これは、ミヒャエルエンデの「モモ」というお話の一部です。

モモは、人の話を聴くことが得意で、本当の意味で

待つということができる普通の女の子です。

 

 

「時間」は、エンデの言う通り、生きることそのものです。

 

相手とその時間を過ごすことは、

お互いの命の時間をつかっていることになります。

 

私たちは、日々

「これをしましょう。」「それは、だめよ。」

「次は、これですよ。はい、やりましょう。」

と、子どもに言い聞かせているでしょ。

 

しかし「時間」そのもののつかい方を、

子供に伝えられているのでしょうか。

 

 

「何時までにやるのよ。」「時間を守りなさい。」

ということではありません。

 

この「時間をつかうこと」は、全てに繋がることで、

生きた証とも言い換えられます。

 

この世界に生きている人の命は永遠ではありません。

もちろん、大きな生命体のなかで、生物としての命がリレーのように

繋がってきています。

その繋がりのなかで、「今、現在」を生きていることそのものが、

奇跡的なことですし、必然でもあると思っています。

 

その生命の長い長い歴史のなかで、今、このように生きていて、

同時に必ず命を終える時がくるのです。

現代は、お葬式があり、死は怖いという発想が、

子どもたちの中にあるようですが、

それは、生物として生きていて、

自然が巡るように自然なことなのです。

 

1枚の葉が落ち、それが肥料になり、また新しい生命が芽生える。

この多様な地球の環境で、自然にやってきたことです。

 

 

モモのお話の続きから、

この「時間」についてもう少し、考えてみましょう。

 

 いいですか、フージーさん。あなたははさみと、おしゃべりと、せっけんのあわとに、あなたの人生を浪費しておいでだ。死んでしまえば、まるであなたなんかもともといなかったとでもいうように、みんなにわすれられてしまう。もしもちゃんとしたくらしをする時間のゆとりがあったら、いまとはぜんぜんちがう人間になっていたでしょうにね。ようするにあなたがひつようとしているのは、時間だ。そうでしょう

 

ある日、人と人との「交流」のなかで、商売がまわり、教育がなされていた町に

「時間泥棒」がやってきます。人々に、時間を倹約するように言います。

人々は、自分の好きな仕事も、おしゃべりも、

お茶をいれることも、お花を飾ることも、

 

「時間の無駄だ」「ああ、忙しい」と言います。

無駄がいっさいない世界。

そして、せっせと働き、心はまるでロボットのようです。

 

確かに効率化を考えれば、生産性は上がります。

 

一体、だれのために、生み出しているのでしょうか。

 

現代、私たちの「時間」は、「お金」と交換されるので、

それが、ひとつの生きることの「価値」になっています。

 

本来、時間は、自分でコントロールでき、自由につかうことが

許されていはずなのに、その方法や能力が開花しないままで、

大人になる人が、どの世界にも多い気がしています。

 

「生きること」だけを見つめると、哲学、精神的なもの、宗教などで、

完結してしまいがちですが、

「時間」は、自分自身の信念や軸がなければ、コントロールできません。

 

今、あなたの目の前の、

何を食べるか。誰といるのか。何を見て、何を聴くのか。

何をどのようにクリエイトするのかを1つ1つ、

自分で決めていくということです。

 

それは、こんなにもシンプルなことなのに、

それすらも、見えないで、見られないようになっているのが

2015年私たちが生きている社会なのです。

 

そうやって、自由に生きていると思わされていたり、

誘導されていることを、

ちゃんと、自分の目で見て、感じられる感性を

子どもにたちに教育し、磨いておくことは、

リテラシーでもあり、スキルの1つだと考えます。

 

それは、いま、あなたと子どもの関係1つで取り組めることです。

どこかへ行って、教育する必要はありません。

 

 

 

人間たちはもう時間がなくなりすぎて
ほんとうには、なにも知ることができないでいる。
なにもかもできあがった品を、店で買う。
でも友だちを売ってる店なんてないから
人間たちにはもう友だちがいない。

 

サンテグジュペリ 「星の王子様」