「なぜ、学校へ行くの? 」子どもの疑問。朝の満員電車で聞こえてくる多くの人の心の本音。

「あぁ、学校なんてつまらない。」

 

 

 

「会社にだって行きたくない。」

 

 

 

朝、8時。

ぎゅうぎゅうの電車のなかでは、大人も子供も、

誰もが口に出しては言いませんが、

心の中をのぞいてみると、そんな言葉が聞こえてきそうです。

 

 

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なぜ、学校に行くのでしょう。

 

 

 

 ある子が言いました。

「どうして、学校に来るの?」

「どうして、勉強するの?」

 

 

学校に行くのは、国の決まりがあるから、

君の両親は、君を「学校」に行かさなくてはならない。

 

だから、君は、毎日、学校に行く。

 

 

 

「でもどうして、学校に行きたくないの?」

 

 

 

 

 

「そんなことないよ。友達がいるからね。

 でも、つまらないんだ。

チャイムで時間が区切られてしまうし、

先生の話をずっと座ってきくのは飽きてしまう。

それに、質問したいこともあるし、

すぐに図書館へ行って調べたくなるんだ。」

 

 

 

 

 

「そもそも、覚えることなら家でもできるし、

もっと集中してやりたいよ。

先生も、きっとつまらないと思っているよ。

だって、1人1人を見てA,B,Cを付けるのだから。」

 

 

 「人って、こんなに簡単に分けられるの?」

 

 

 

「もし、Aよりも高い評価をもらえるはずなのに、

A以上になることはないし、人並みにやるってところも

どうも、僕にはしっくりこないんだ。」

 

 

 

 

 

「ねぇ、よく考えてみてよ。

皆が、同時に同じことを考え、

同じように行動して、同じものを食べている。

なんか、変だよ。そう思わない?」

 

 

 

 

「僕たちは、学校で模範の回答を学ぶけれど、

それ以外の回答はバツになる。

でも、それって本当?

教科書や先生が言っていることは正しいと言うけれど、

それを何も疑わずに、正しいとすることを僕らは学んでいるよね。」

 

 

 

「つまり、僕らは、

学校で正しい回答を勉強しているのではなく、

誰かが作ったものを、何も疑わずに正しいと

思うことは良いことであるということを、一生懸命学んでいる。」

 

 

 

 

 

「僕らの答えは、いつも外にばかりある。」

 

 「僕の答えを、外に求めるように言われているようなものだ。」

 

 

「だから、誰かがやってくれるんでしょ

僕のことも、この社会のことも。」

 

 

 

「僕は、気が付けば自分のことすら自分の頭で

考えて、行動することができなくなるんだろう。」

 

 

 

「心の中と外とを答え合わせして、外が正しいのだから、

そこに、自分を合わせていくことを今、現在学んでいるからね。」

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そうか! 僕が学校に行きたくない理由は、それだ!」

 

 

 

 

「僕は、自分の目で見て、聞いて感じたことしか、

本当のことは分からない。

自分の内に、ちゃんとこたえがあるから、友達に知らせたい。

ただ、ぼくはそれだけなんだ。」

 

 

 

 

「だから、僕には時間がない。

こうやって、誰かが作った決まりを守ったり、

正しいと言われていることを疑わずに、正しいって

誰もが言うから、正しいと思うことには飽きたし、

僕には、僕の人生を、そんなところに費やす時間はないよ。」

 

 

 

 

「だって、折角生まれてきたのだから、

もっと、ちゃんと生きたい。

まだまだ、知らないことがあるから、

僕はそれを追及したいし、感じてみたい。」

 

 

 

 

 

 

そんなことを思っても、現実の僕の視界に広がるのは、

朝から電車で立って、眠っている大人。

スマホを片手にニュースを見る大人。

 

 

 

「そんな大人たちの生きる社会に、

憧れているわけではないから、僕は、

この世界が、どんな風に動いているのか?

どんな人たちが生きているのか?」

 

そこに「今」疑問をもっているんだ。

 

 

 

「それを、知るということが、

なぜ、学校で学べないのだろう。」

 

 

 

「僕は、この地球にうまれたのだから、そのことを

知る必要がある。」

 

 

 

「知ったうえで、僕ができることを、

今すぐに、考えるんだ。」

 

 

 

「僕は、大人が思っているよりも

子どもじゃないし、

大人が思っている以上のことを

考えているよ!」

 

 

 

 

ぼくは、ぼくを生きるんだ。